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2007/04/30

銃が人を殺すのか、人が人を殺すのか

今月16日、『バージニア工科大学』(バージニア州ブラックスバーグ)で32人を射殺したあと、自分の頭を撃ち抜いて自殺した韓国人学生のチョ・スンヒ(23)。彼は、凶器に使った2挺のセミオート・マティック拳銃を合法的に入手していた。1挺は『ワルサー社』製の22口径拳銃。これは今年の2月に、大学近くの質屋を通じ、州外の販売店から取り寄せて入手したとみられている。そしてもう1挺の『グロック社』製の9ミリ口径拳銃は、銃弾50発とともに先月、バージニア州内の銃砲店で購入したものだったという。

P2007041900030 チョは'05年、バージニア州の裁判所から精神疾患の司法判断を受けていた。にもかかわらず、彼の銃の購入を法律が許していたのだ。銃がなくても、チョは凶行におよんだかもしれない。しかし、刃物や鈍器だけで30人を超える大量殺人にはいたらなかっただろう。誰でも簡単に、銃が入手できる社会が招いた惨劇だった。

2億数千万挺もの銃が氾濫するといわれるアメリカでは、殺人事件の犠牲者の6割から7割が銃によって殺害されている。自殺や誤射などの事故を含めれば、銃による死者は年間3万人以上。それでもアメリカは、「市民の武装権」を捨てようとしない。

銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ──。

これは、全米ライフル協会(NRA)が掲げる有名なスローガンである。アメリカで犠牲者を生んでいるのは、犯罪者が持つ無登録の銃だけではない。市民が合法所持する〝自衛の銃〟で、数え切れないほどの市民が死傷している。そんな銃社会では、「銃が人を殺すのではない──」と言われても、銃擁護論者の詭弁にしか聞こえない。NRAの主張には、反発するアメリカ市民も多いが、「武装の権利」を持たない日本人にはなおさら理解しがたい。「銃が人を殺すのではない──」というフレーズを日本で口にすれば、反社会的な極論とみなされるに違いない。

Img241 だが、その言葉を日本で公言した人物がいる。銃を肯定する意見としてではない。銃弾を受けた被害者の立場から、銃犯罪の根絶を願って述べられた言葉だ。その人物とは、元長崎市長の本島等氏である。'96年5月に、朝日新聞労働組合が主催した『第9回/言論の自由を考える5・3集会』と題するシンポジウムでのコメントだった。

銃が人を撃つのではなく、人が銃を使って撃つのだと思う。銃の規制や取り締まりは、もちろん徹底的にやってほしいが、人間そのものをどう教育し、社会がどう適応し、マスコミが協力するかというような、心の問題としてとらえたい──。

「asahi5.3.pdf」をダウンロード

当時は、市民社会に銃口を向けられた発砲事件が相次ぎ、「市民に銃が拡散し、日本もアメリカのような銃社会になった」と騒がれていた。その時代の中で、本島氏が述べられた言葉が、唯一の「正論」だったのではないかと、私は思っている。アメリカと日本では、文化も法律も根本的に違う。日本には、市民の〝自衛の銃〟がない。一般市民は、拳銃の所持を法律で認められておらず、あるのは非合法の拳銃のみ。所持すること自体が違法であり、犯罪である。しかも、容易に手に入るものではない。それをあえて入手し、犯罪に使用する者は、端から〝武器〟としての目的を持っている。だから、日本の銃犯罪は「心の問題」によるところが大きい。「人が人を殺す」という当たり前の概念を忘却すれば、その対策も誤った方向へと暴走してしまう。

本島氏が、長崎市役所前で背後から放たれた銃弾で重傷を負ったのは、'90年1月のことだ。銃撃したのは右翼団体『正気塾』幹部構成員。「天皇に戦争責任があると思う」と、本島氏が市議会で発言したことに対する言論テロだった。思想による理不尽な暴力。つまり、事件の動因は「心の問題」である。そして右翼は、暴力団に次いで拳銃との親和性の高い集団だ。拳銃を持っていても不思議はないという社会通念がある。本島氏が銃撃された事件は、「銃があるから起きた事件」とは、誰も言わなかった。

しかし'90年代なかば以降、銃が使われた犯罪に対する世論から、人的要因がなおざりにされていく。そのきっかけとなったのは、'94年10月に発生した『青物横丁医師射殺事件』だった。精神病歴のある元会社員が、暴力団から入手した『トカレフ』を使って、治療を受けていた医師を『京浜急行青物横丁駅』で射殺した事件である。犯行の動機は、被害妄想による逆恨み。〝狂気〟が引き起こした事件であって、やはり「心の問題」だ。ところがマスメディアの報道は、犯行に拳銃が使われた点ばかりをクローズアップした。加害者と被害者が、ともに暴力団や右翼とは無関係の一般人だったからである。

ちょうどその頃、アメリカで高まりをみせていた銃規制運動が、日本の銃犯罪報道の論調に大きく影響していた。'92年にルイジアナ州で起きた『日本人留学生射殺事件』を契機に銃規制を求める声が高まり、'93年11月に銃規制法『ブレイディ法』、翌'94年9月には殺傷力の強い19種類の銃の販売・所持を規制する条項を網羅した米連邦法『包括的犯罪防止法』が制定されている。

そして日本でも、市民が市民を射殺する事件が起きた。アメリカの銃問題になぞえて、世論は「日本も銃社会になった」と騒ぎはじめる。マスメディアや有識者はこぞって、「社会に銃が蔓延し、一般人にも拳銃が拡散している。だから銃犯罪が増えた」と、声高々に国内の銃問題を論じた。あげくには、このような文句が新聞の見出しを飾るにいたっている。

持つと撃ちたくなる銃の魔力──。

まるで、「人が人を殺すのではない。銃が人を殺すのだ」と言っているようなものだ。「銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ」というNRAの主張を、銃社会の住民が唱える極論とするなら、これは〝刀狩りの国〟の民の「倒錯した妄想」と言わざるを得ない。どちらが正しく、どちらが間違っているか。そういう問題ではない。双方ともに一理はある。しかし言葉は、使い方しだいで毒にも薬にもなるものだ。「銃の魔力」という言葉を持ち出した時点で、日本の世論は完全に「心の問題」を見失ってしまった。

精神論だけでは、もちろん治安は保てない。物心両面での対策が不可欠だろう。銃が、治安を脅かす「武器」であることは否めない事実だ。しかし日本は、銃という「物」にとらわれ過ぎたばかりに、おなじ過ちを繰り返そうとしている。

「日本も銃社会になった」と騒がれた'90年代なかば、政府は国家を挙げた銃器対策に乗り出している。'95年には、内閣に官房長官を本部長とする銃器対策推進本部を設置。警察はもとより、法務省(刑事局・出入国管理局)や外務省、財務省(税関)、海上保安庁などの関係省庁が連携した銃器取締り体制が発足した。

この年、拳銃の押収挺数は戦後最高の1880挺を記録している。だが、その後は年々減少の一途をたどる。昨年に押収された拳銃は、わずか458挺。'95年に比べれると、およそ4分の1の数である。押収挺数の減少は、社会に出回っていた拳銃が減ったことを意味するのではない。

押収される拳銃が減った一方で、拳銃が使われた犯罪は増加する傾向にあるのだ。'05年に一時的な減少はみられたものの、前年の'04年には277件の拳銃使用事件が発生している。その数は、『銃器対策推進本部』が設置された'95年の178件に比べて約1.6倍だ。これは日本の銃器対策が、本来あるべき「防犯」という目的をもって機能していなかった証拠である。

日本には、アメリカのように市民が合法所持する〝自衛の銃〟はない。一部の公務員が職務上に使用するもののほかは、国内にある拳銃のすべてが違法だ。法を犯して、それを密輸、密売、密造、所持するのは、ごく限られた者しかいない。大別すれば、二通りのカテゴリーに入る者だ。一つは、暴力団・右翼とその周辺者。そして、もう一つがガンマニアである。前者は、おもに「武器」として拳銃を入手し、後者は「コレクション」を目的としている。犯罪に使われるのは、ほとんどが前者の拳銃だ。後者の拳銃が、殺傷事件に使われた例は皆無にひとしい。市民が市民を撃った『青物横丁医師射殺事件』も、凶器となった拳銃の出どころは暴力団だった。

防犯という観点から、どちらを先に摘発すべきかは、あえて言うまでもあるまい。ところが警察は、ガンマニアの拳銃を優先した。理由は、シロウトは摘発が容易だからである。ガンマニアの拳銃も、違法であることに違いはない。

確率は低いとはいえ、殺傷事件に結びつく可能性もある。当然、摘発しなければならない。しかしガンマニアから押収された物の多くは〝拳銃もどき〟だった。一部には真正拳銃もあるが、大半はモデルガンの改造品、ミニチュア拳銃、無可動拳銃、古式拳銃などである。警察が押収したあと、科学捜査研究所で〝改造〟を加えなければ、ただの一発も弾が撃てないシロモノも少なくない。それでも、警察庁のデータには「拳銃」の押収としてカウントされている。

たとえば、「インターネットを利用して取引されたけん銃の押収丁数」として警察庁が発表している数字の大部分は、じつは撃てない〝拳銃もどき〟だ。玩具や装飾品、骨董品の類で、お茶を濁しても、拳銃使用事件の抑制にはつながらない。

一方、暴力団の拳銃だが、警察が取り締まらないわけではない。しかし警察とヤクザの関係には、伝統的な馴れ合いの構図がある。発砲事件を起こした場合は別として、暴力団の拳銃の取り締まりには、取り引きがつきものだ。「コインロッカーから拳銃」という、典型的な手口に象徴される「首(被疑者)なし」のヤラセがある。押収事件を仕組むために、麻薬の密輸密売人と組み、警察が組織的に61挺の拳銃と数百発の実弾を海外から密輸したケースもあった。そして、偽装押収の手口がマスメディアにバレると、その後は「自首の減免規定」を悪用した「首つき」のヤラセが横行する。銃器対策の強化も、暴力団の拳銃に対しては、ヤラセを増加させただけだった。

たとえ不正な手段であっても、違法な拳銃が社会から根絶できるのなら、まだいい。しかし、取り引きで拳銃を出させることが、より銃器情勢を悪化させるのだ。暴力団は、拳銃をヤラセ押収させることで、警察に貸しができる。協力の対価は、目こぼしだ。そしてヤラセは、警察の弱みにもなる。不正を暴露されることを恐れて、強硬な取り締まりもできないのだ。暴力団は、1挺のヤラセの貸し借りで、数十挺の武器庫を守れたのである。

所持犯としての内容を問わず、ただ押収した挺数だけで成績を評価される警察の点数制が、銃器対策を「防犯」という目的から逸脱させていた。そして、犯罪に使われる可能性の最も高い暴力団の拳銃を、社会に放置したまま摘発体制は縮小されていく。拳銃摘発の専従体制として発足した警察の「銃器対策課」も、いまは他の部署に統合されて存在しない。

アメリカの銃規制運動も、すでに過去のものとなっている。'93年に成立した『ブレイディ法』は、5年間の時限法の期限を迎えた'98年11月、米共和党の反対で延長されずに失効。10年間の時限法だった『包括的犯罪防止法』も'04年、共和党の反対によって更新されなかった。'99年4月にコロラド州で発生した『コロンバイン高校乱射事件』の直後も、全米に銃規制を求める声が高まったが、上程された銃規制法案は下院で否決されている。

そして今月、チョの銃購入を法律で禁止できず、米国史上最悪の被害を出した『バージニア工科大学銃乱射事件』起きた。

日本では、世論も捜査体制も「物」の概念に偏りすぎたがために、暴力団社会に拳銃を残してしまった。

Untitled そして、アメリカで『バージニア工科大学銃乱射事件』発生した翌日、伊藤一長・長崎市長(当時)が選挙事務所前で指定暴力団幹部に拳銃で撃たれ、死亡している。「銃が人を撃つのではなく、人が銃を使って撃つ」という本島氏の言葉が生かされていれば、おなじ市の市長が2代続けて銃撃されるという、異常な事態を招かずにすんだかもしれないのだ。

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