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2009/04/25

【増田裁判レポート②】カリスマの凋落

3人の弁護士に警護されるようにして法廷へ入った増田俊男氏には、かつて大勢の信者やファンを集めて、大言壮語していた〝資金集めのカリスマ〟の面影はなかった。

22日に東京高裁809号法廷で開かれた裁判は、増田氏とサンラ・ワールド社が当ブログなどの記事に名誉を傷つけられたとして、管理者の津田哲也を相手に損害賠償などを求めた民事訴訟の控訴審だ。1審の東京地裁判決は、増田氏側が敗訴している。

この日の口頭弁論は増田氏(控訴人)の尋問が行われたが、その模様を報告する前に、裁判の経過を把握していない読者も多いと思われるので、まず1審の概要について触れておこう。

増田氏らが名誉を毀損されたとしたのは、'06年10月と11月に津田がブログ上に執筆・公開した以下の記事だった。

サンラを訴えると脅される?!

私が把握している範囲で、最も古いサンラの裁判沙汰は’00年に遡る。当時のSIC(サンラ・インベストメント・クラブ)会員の公認会計士が、サンラ・ワールド社を相手に起こした民事訴訟(平成12年 ワ 第9655号)が、それだ。この訴訟で、増田氏と江尻社長は常軌を逸した〝無法〟な対策を講じている。以下は、私が執筆した「財界展望」(2002年9月号)掲載の記事からの引用だ。

一昨年、増田氏は投資に関するトラブルで、都内の公認会計士から7100万円の支払いを求める訴えを、東京地方裁判所に起こされている。その提訴の直後、原告の公認会計士のもとへ数人の暴力団員風の男が押しかけてきて、「増田先生に対する訴えを取り下げさせろ」と凄んだというのだ。会計士を脅しに行った人物は、「(脅迫の)仕事が終わったあと、増田先生は俺に『謝礼だ』と言って100万円を渡そうとした」と証言している。

この記事の取材に対して、増田氏はこのように反論していた。

「訴訟は事実ですが、本件は終了しています。私の方が脅迫されたものと認識しており、警察にも届けています。暴力団を使ったなど、根も葉もないことです」

「被害者は自分」とまで言い切った増田氏だが、およそ半年後の’03年初旬、氏の弁明が〝真っ赤なウソ〟だったことが明らかになる。問題の脅迫事件の捜査をしていた神奈川県警高津警察署から、出頭を求められたのだ。脅迫を実行したのは、事件当時は増田氏の腹心だったHという人物を筆頭に、右翼関係者ら4人のグループだった。高津署へ任意で出頭した増田氏は、事件への関与を否定して、署から帰された。が、実行者のHが警察の取り調べを受ければ、とうぜん首筋が寒くなる。そこで増田氏は、弁護士と共謀して事件のもみ消しを図ったのだ。

その頃、Hは潜伏生活を送っていた。携帯電話の番号を変え、自宅や実家にも寄りつかず、所在がつかめない。警察が行方を追っていたさなか、Hと連絡が取れるK氏という人物のもとへ、増田氏本人とサンラの弁護士から電話がかかった。用件は、Hの口止めの依頼である。「Hが高津署へ出頭しても、増田の関与は否定してほしい」と、増田氏と弁護士は再三にわたって、K氏を通じて要求したのだという。

そしてHは、高津署へ出頭した。捜査員は、増田氏の写真が表紙を飾った月刊誌『資本の意思』(サンラ出版)を示して、Hを厳しく尋問する。「この増田という男から、頼まれてやったんだろう!」しかしHは、自己の犯行は素直に認めたが、「自分の一存でやった」と、増田氏の教唆については否認しつづけたのである。こうして増田氏は、神奈川県警の捜査の手を逃れた。

海外では、マフィアが陪審員や証人、裁判官などに対するテロや買収で、裁判の進行を妨害する。ということはある。だが、ここは日本。治安の悪い外国と、おなじようなマネをすれば自殺行為だ。高津署で震えて、アメリカナイズされた増田氏も十分に懲りたはず。サンラの周辺には、いまも闇勢力の影がチラつくが、暴力的威力で訴訟を妨害することは、二度とないだろう。今後、提訴を予定している人は、ご安心いただきたい。

ちなみにHの口止めを依頼し、高津署の捜査を妨害したのは、現在もサンラ・ワールド社に対する返金請求や訴訟を担当している代理人と、おなじ事務所の弁護士である。

この記事を「何らの裏付けもないまったくの虚偽」として、増田氏らがサンラ・ワールド社の法律顧問である佐藤博史弁護士(新東京法律会計事務所)ほか2名の弁護士(同)を代理人に、津田に対して訴訟を提起したのは'07年2月22日。増田氏らは当初、「公認会計士脅迫事件」そのものが存在しなかったかのような主張をしていたが、1審の途中から「脅迫事件はあったが、増田は教唆していない」と言い出している。また、教唆が行われたことを示す客観的な証拠となる「ご苦労さん会」についても、裁判の終盤になってから、佐藤弁護士が「『ご苦労さん会』を開いたのはH。増田と江尻は、その場にいなかった」と、被告の津田側が証拠提出した音声データに録音された会話の言葉尻をつかまえて、唐突に〝無理筋〟の主張をはじめていた。

さらに佐藤弁護士は、サンラ・ワールド社が運営するサイト上で執筆を担当する「法務」のページに昨年9月、「名誉毀損裁判の判決は10月7日です。津田氏の虚偽が裁判所によって断罪される日が近づいています」と〝勝訴宣言〟をしている。

ところが、その翌月の7日、増田氏側は裁判に負けた。

【関連記事】法廷で暴かれた「増田俊男」氏と「佐藤博史」弁護士のウソと不正

東京地裁判決は、「本件ブログ記事は、いずれも公共の利害に係るもので、かつ、被告(津田)の執筆の目的は専ら公益性を図ることにあり、しかも、そこで摘示された事実は、その主要な内容、本質的な部分において真実であると認められるから、本件ブログ記事を執筆し掲載した被告の行為に違法性は認められず、不法行為は成立しない」と認定。原告の増田氏側の請求を棄却し、津田の全面勝訴となった。

東京地裁は、佐藤弁護士が力説した「ご苦労さん会」の〝H氏主催説〟を完全無視。増田氏による「公認会計士脅迫事件」の教唆と、佐藤弁護士によるH氏の「口止め事件」の存在を認めた。控訴審では、その2点が主な争点となっている。つまり、増田氏側の代理人弁護士が「口止め事件」の当事者という、異例の裁判なのだ。

Satohiroshi02 22日、尋問のために東京高裁に出廷した増田氏は、昨年1月に出資金集めのスキャンダルを新聞・テレビに報道された以降、海外で潜伏生活を送っている。前回に帰国したのは昨年11月。その滞在日数は、わずか4日間だった。マスメディアや出資者(被害者)などの目をおそれ、海外へ避難している増田氏が、帰国して公の場に出るには、そうとうな勇気がいったに違いない。法廷にあらわれた増田氏は、顔をむくませ、意気阻喪した様子だった。尋問の内容については、次回に報告する。

増田氏側は、22日の弁論の直前に大量の書証を提出したが、佐藤弁護士の希望をかなえて、その一部を当ブログに公開しておく。これは〔甲44号証拠〕として提出されたもので、「公認会計士脅迫事件」の実行者となったH氏が、'03年4月1日に増田氏へ宛てて送った手紙だ。

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「佐藤弁護士は全く事実を違う事を言っていますが、本当に笑われますよ!!(原文ママ)」、「事実を良く確認しないで、いいがかりばかりやっていますと、裁判で恥をかいて敗けるのは増田さんですよ(同)」という2枚目から3枚目にかけて書かれたH氏のメッセージが、なんとも皮肉である。

公平に、被控訴人(津田)側が提出した書証の一部も掲示しておこう。「公認会計士脅迫事件」で、脅迫や暴行を受けた直接の被害者O氏が、神奈川県警に刑事告訴をした際の告訴状だ。これを読めば、22日の「増田尋問」を傍聴した人には、控訴人側の代理人(佐藤弁護士)が行った尋問の意味がわかるだろう.。

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