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2010/03/30

警察庁長官狙撃事件「時効」の警視庁公安部長「会見」で深まる警察の闇

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國松孝次警察庁長官(当時)が銃撃された<警察庁長官狙撃事件>で、公訴時効が成立した30日の朝、警視庁の青木五郎公安部長が「事件は、オウム真理教が組織的に敢行したテロだった」とする会見を開いた。

オウム名指しは「正義にかなう」 長官銃撃で警視庁 〔産経新聞〕

長官銃撃 自供した中村受刑者「目撃情報の風体や供述が違う」 〔産経新聞〕

被疑者を特定できずに捜査を終結し、時効が成立した事件で、犯行グループを名指しで断定して公表する。これは「異例」というよりも、きわめて「異常」な対応だ。

この会見で、「オウム真理教による組織的テロ」と断定した根拠として公表された<捜査結果概要>は、たったの十数枚。そこに記載された証拠や証言が、あいまいなものでしかないことは、時効までに事件を立件できなかった事実が物語っている。しかも、<坂本堤弁護士一家殺害事件>や<地下鉄サリン事件>などの極刑にあたいする重大な事件を自白した教団幹部たちが、<警察庁長官狙撃事件>だけは関与をいっさい認めていないことなど、「オウム犯行説」には疑問符のつく点もある。

それをあえて、オウム真理教による犯行と断定する発表を行った理由について、青木公安部長は「そうすることこそが正義にかない、国民の生命や生活を守っていくうえで大切なこと」と会見で述べた。しかし、人権を侵害するリスクを犯してまで、負け惜しみのような会見を開く正当な意義があったのだろうか。

迷宮入りが確定したところで、オウム事件のひとつとして印象づけて幕引きをはかる〝芝居〟の仕上げだったのではないか、と疑いたくもなる。

一時は、「ゴルゴ13」にあこがれる拳銃強盗犯の老人の〝妄想〟に振りまわされるなど、<警察庁長官狙撃事件>をオウム事件と切り離した報道もみられた。しかし、事件発生の当時は、誰もが、オウム真理教の犯行だと信じて疑わなかった。<地下鉄サリン事件>と、教団に対する強制捜査の直後に起きたからだ。

そして、時効の成立で〝永遠の謎〟となって事件が終結したいま、警察が「オウム真理教によるテロ」と断定して締めくくれば、大手マスメディアの論調が再び「オウム犯行説」一色に染まる──。

そんな計算があったのだとすれば、ゴリ押しが過ぎて情報操作に失敗した感もあるが、警察には「オウム真理教によるテロ」として結論づけたい事情がある。オウム事件で片づけば、<警察庁長官狙撃事件>が「正義に背き、国民の生命や生活を脅かした」警察の腐敗をまねく契機となった事実から、国民の目をそらせることができるからだ。

'95年3月30日、國松氏は3発の銃弾を受け、手術中に3度の心停止で危篤状態に陥ったとされる。

だが、奇跡的な回復をとげ、わずか2ヵ月半後に公務へ復帰した。この事件によって、國松氏は日本で最も有名な警察庁長官になったと同時に、「日本のブレイディ」となった。

「ブレイディ」とは、'81年に起きたロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件で銃弾に倒れ、負傷した大統領報道官のジェームズ・ブレイディ氏。「銃規制の父」と称され、「ブレイディ法」の名の由来となった人物である。

銃大国アメリカで、銃規制法の「ブレイディ法」施行されたのは'94年。日本で、警察庁が銃器対策課を設置したのも、國松氏が長官に就任した'94年7月だった。以降、アメリカにはじまった世界的な銃規制運動の高まりに歩調をあわせ、拳銃の摘発体制は強化されて、警察による組織ぐるみの犯罪も常態化していく。國松氏が'89年まで本部長を務めていた兵庫県警が、タイから拳銃61挺などを密輸させ、その押収劇を自作自演した史上最大級の「ヤラセ押収事件」が起きたのは、國松氏が警察庁長官となって銃器対策課を設置した2ヵ月後の'94年9月のことだった。

【関連記事】大麻と拳銃を大量密輸した「兵庫県警」幹部の直撃映像

そして、<警察庁長官狙撃事件>が発生したことで、さらに警察の拳銃摘発体制は先鋭化する。公務に復帰した國松氏は、拳銃の摘発を警察の最重要課題に掲げ、全国の都道府県警察で銃器対策課の設置が推進された。「平成の刀狩り」といわれた体制下に、スパイ(協力者)を使った違法なオトリ捜査や泳がせ捜査、ヤラセ押収事件などの警察の犯罪が横行する。さらに内閣官房に「銃器対策推進本部」が置かれると、莫大な国費捜査費を獲得した全国警察で、拳銃捜査が裏ガネづくりの温床となった。

「平成の刀狩り」がもたらした弊害は、それだけではない。不正な手段で押収挺数を稼ぐために、警察はスパイの犯罪を見逃した。暴力団の武器庫を守り、麻薬密売人の商売に目をつむることで、拳銃と薬物の蔓延をまねいたのである。

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北海道警の<稲葉圭昭事件>や<裏金事件>も、そんな拳銃捜査に違法行為が容認された風潮を背景に起きた事件だが、稀に発覚した「氷山の一角」にすぎない。

それら組織ぐるみの不正や犯罪は、都道府県警察の現場レベルで起きていたのではない。捜査手法を指導していたのは警察庁である。警視庁は、拳銃捜査のスパイの管理を制度化し、全国警察の銃器対策課員を対象とした「違法捜査マニュアル」を作成していたのだ。

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國松氏をカルト集団による銃器テロから生還したヒーローとしたまま、<警察庁長官狙撃事件>を封印することが、警察庁にとっては組織防衛上の利益になるのだろう。

【関連記事】警察「ヤラセ押収」のツケがまねいた「闇拳銃」の氾濫!

兵庫県警による<拳銃61挺ヤラセ押収事件>を、ともに取材してきたフリージャーナリスト寺澤有氏が、警察庁を相手取って申し立てた<取材妨害禁止仮処分命令申立事件>の東京地裁決定の全文を掲示しておく。警察庁記者クラブに所属していない新聞社の記者が、本件会見に出席して取材していることを認めたうえで、葛西功洋裁判官は、警察庁が寺澤氏の庁舎への立ち入りを許可しなかったことを相当とした。これは裁判所が、警察の思想的差別を容認したようなものだ。

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