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2011/02/11

警察官が拳銃を撃てば治安は守られるのか

栃木県警の平田学巡査長(35歳)が職務上の拳銃の発砲で中国人男性を死亡させ、特別公務員暴行陵虐致死の罪に問わていた「付審判」で10日、宇都宮地裁は<無罪>を言い渡した。

平田巡査長は、鹿沼署真名子駐在所に巡査として勤務していた'06年6月23日、「不審者がいる」との通報をもとに、栃木県上都賀郡西方町の路上で2人組の男性を発見する。職務質問しようしたところ、2人は逃走。パトカーで追跡した平田巡査長が追いつくと、2人のうち羅成(ルオ・チェン)氏(当時38歳)が長さ1メートルほどの竹の棒を振り回し、さらに手にした直径約19センチの石を振り上げた。平田巡査部長は拳銃1発を撃つ。 銃弾を下腹部に受けた羅氏は、搬送先の病院で死亡した。

付審判は、この発砲が警察官職務執行法の正当行為にあたるか否かについて争われてきた。被告側は「(羅氏は)宝珠(石灯篭の頭の部分)を被告の頭に振り下ろそうとした。生命の危険があった状況で、正当防衛が成立する」と無罪を主張。それに対し、検察官役の指定弁護士は「警棒の使用や威嚇射撃でも対処できた」として昨年12月、平田巡査長に懲役4年を求刑していた。

判決のいかんによらず、警察官の職務上での行為の妥当性が、公開の法廷で争われたことの意義は大きかったといえる。警察官による人権侵害や職権の濫用があったとしても、その処分の判断は透明性に欠け、真実が表面化しにくいものだからだ。

仮に、警察官が過失や不正をおかしたとして、それを調べるのは警察である。庇うのが自然の状況にあって、調査や捜査のプロセスは不透明ときている。警察捜査の「密室性」は、冤罪の温床として、たびたび批判される問題だ。一般の被疑者は、逮捕されると警察の施設である留置場に勾留され、部外者の監視のない状況で尋問を受ける。そこで警察に偏った見込み捜査があると、被疑者は身柄の拘束の苦痛や厳しい尋問に耐えられず、虚偽の自白をしてしまうことがある。その裏付け捜査は、自白と整合しない不都合な証拠や証言は排除または歪曲されて、ひたすら被疑者を<クロ>にするための作業に邁進。そんな「冤罪の構図」があって、あの<足利事件>では、栃木県警が無実の菅家利和氏を犯人に仕立て上げてしまったわけだ。

ときとして、<シロ>を<クロ>にしてしまう警察捜査の「密室性」は、逆の方向にも作用し得るものであることは言うまでもない。そして<シロ>を<クロ>するよりも、<クロ>を<シロ>にすることのほうが、はるかに簡単だ。自白を強要する“落としのテクニック”は不要。起訴後の公判で供述を翻されるおそれもないし、それ以前に逮捕もせず、起訴もされないように内部調査で決着をつけることも可能だ。

不祥事の発覚を抑えよとする組織防衛の意思。身内のかばい合い。そして、捜査の「密室性」。警察には、そんな「隠蔽の構図」がある。ともすれば、警察の捜査権濫用や検察の起訴便宜主義などによる“逆冤罪”をまねきかねないだけに、警察官の職務に社会の監視の目は厳しくあらねばならない。

元警察官から、こんな話を聞いたことがある。警察官が拳銃を暴発させて一般市民を負傷させた事件で、仲間の警察官が深夜に事件直後の現場へ赴き、鉄の棒を使ってアスファルトの路面にキズをつけたという。発射された弾が道路に跳弾して当たったことにすれば、銃口が下を向いていたことなり、暴発させた警察官の過失責任がいくらか軽くなるからだ。こういう不正があったとしても、市民には、それを知るすべもない。

平田巡査長の発砲行為をめぐっては、県警は事件の翌月に「正当防衛だった」と発表し、早々と幕引きをはかっていた。この事件には、発砲の瞬間を目撃した証言者は誰もいない。もう一方の当事者は死亡している。「正当防衛」を証明するものは、状況証拠と平田巡査長の証言のみだったが、否定する証拠もなかった。

ここで誰も疑義を呈さなければ、県警の判断で一件落着となっていた。だが、羅氏の遺族が事件翌年の8月、「発砲は過剰な防衛行為だった」として特別公務員暴行陵虐致死の疑いで宇都宮地検に告発。同時に、栃木県を相手に約5000万円の損害賠償を求める訴訟を宇都宮地裁に提起する。これを受けて宇都宮地検は'08年7月、県警と同様に「正当防衛が成立する」として、不起訴処分とした。また民事でも、宇都宮地裁は「発砲を必要とする相当の理由があった」と認定し、遺族の請求を棄却した(東京高裁で控訴審が係属中)。その同月、同地裁が遺族の請求を認めた付審判も、今回の<無罪>判決だ。

遺族の訴えは、ことごとく司法・捜査機関に退けられてきた。しかし、裁判が開かれていなければ、明らかになっていない事実もあった。

たとえば、羅氏が振り回した「竹の棒」が直径1センチほどの笹竹(植木の支柱らしい)だったこと。発砲の時点で、2人の距離が1メートル程度あったことなどだ。

釣り竿か「教鞭」のような細い笹竹でも、振り回されて身体に当たれば、それは確かに痛い。宝珠のほうはというと、頭にめがけて振り下ろすには、やや距離が足りないように思える。投げつけられて、命中すればケガはする。しかし、その重量は約2.8キロ。そう素早くは投擲できない。ほんのちょっと、走って逃げれば射程圏を脱することもできそうだ。

それだけでは、事件が起きた状況をイメージしにくいだろうが、わかりやすい画像があった。

これは、「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)」というブログに掲載されていたものだが、羅氏の遺族が宇都宮地裁に起こしていた民事訴訟で提出された証拠ということなので転載させていただいた。

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警察官が中国人に発砲した状況~こりゃ、子供のけんかに銃を持ち込んだようなもんだ 〔情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)〕

この写真、遺族側が撮ったものではない。「正当防衛」を証明するために、県警側が提出した再現写真だ。平田巡査長と羅氏の役を演じているのは警察官。役者の演技不足のせいもあるのか、「生命の危険を感じた」という主張に共感できるほどの緊迫感は伝わってこない。もっとも、状況の判断は個人の主観によって違ってくるものだから、一部の第三者が不自然と感じるぐらいでは「正当防衛」を否定する論拠にはならない。また、検察官役側が状況証拠しか示すことのできなかった裁判だから、<無罪>とした裁判官の判断も適切だったのだろう。ただし、<無罪>と<無実>は違う。真実を知るのは、平田巡査長と亡くなった羅氏だけだ。

<参考記事>中国人の命は軽いのか?

<参考記事>報告(安田浩一)~中国人実習生が被害者となった「警察官違法発砲訴訟」判決

平田巡査長の発砲は、刑事裁判でも正当性が認められたわけだが、危惧すべきは社会の警察官の拳銃使用に対する監視の目の甘さだ。

事件が起きた直後から、世論は平田巡査長を擁護する意見に傾いていた。とくに「ネット世論」では、発砲行為の支持派が大勢を占めている。「警察官は自分の身を守ってはいけないのか。日本は拳銃の使用要件が異常に厳しすぎる」「(平田巡査長が)罪に問われるのはおかしい。むしろ表彰されるべき」「これが有罪なら、警察は職務を遂行できなくなる」などといった意見をはじめ、羅氏が中国人だったことから“嫌中感情”や偏見をむき出しに、差別用語をまじえて故人や遺族を貶めるカキコミも目立つ。<支持派>が過激な論調で騒ぎ立てるのは、ネットのなかだけではない。排外主義などを唱える団体が、宇都宮地裁や東京・霞が関の裁判所合同庁舎の前などで、平田巡査長ら“発砲警官”を支援する街宣活動を猛烈に展開してきた。

YouTube - (1/2)栃木県警の発砲を断固支持する!

外国人バッシングが先に立った極論や、たんにマイノリティを袋叩きにして憂さ晴らしをする一部の"ネット住民"のカキコミが、一般世論を反映するものではない。しかし、日本の社会には、警察官の拳銃使用に肯定的な傾向があることは確かだ。

警視庁滝野川署の巡査長が拳銃を抜いて少年を脅した事件が、思わぬ方向に波紋を拡げて話題になったことがあった。

事件は'08年2月26日の午後8時35分ごろ、路上でたむろしていた3人の男子高校生を立ち去らせようと、付近住民から通報を受けて臨場した巡査長が注意する。しかし、少年らが素直に従わなかったため、巡査長は腰のホルスターから拳銃を抜き、3人のうちの1人の脇腹あたりに銃口を向けた、というもの。事件後、滝野川署など警視庁に、市民から手紙やメール、電話などで多くの意見が寄せられた。その内訳は、警察に批判的なものはごくわずか。圧倒的多数が、拳銃を抜いた巡査長の行動を支持し、激励するものだったという。おまけに、地元住民が110名の署名を集め、巡査長の寛大な処分を求める嘆願書を提出している。

事件の翌月、警視庁は巡査長を特別公務員暴行陵虐などの疑いで書類送検するとともに、停職1ヵ月の懲戒処分にした。拳銃を抜いた際に、巡査長が「殺すぞ」と脅していたことも判明したが、それでも大方の肯定的な意見は揺るがなかったようだ。

ただ警察官の注意を無視しただけの少年を拳銃で脅しても、その行為を積極的に支持してしまう。それが日本のお国柄なのだろうか。公務とは無関係の私的な事件は論外だが、警察官が職務上で拳銃を使用することについては、ことのほか寛容だ。

そういえば'09年2月2日に、愛知県警豊橋署の巡査長が14歳の男子中学生に2発の威嚇射撃をした事件について、私は翌朝のテレビ番組で「威嚇射撃は必要最低限の回数にとどめると規則にある。あの状況において2発撃ったのは疑問」とコメントしたしたことがあった。しかし、スタジオのコメンテーターは、挙って警察官の威嚇発砲を是認。反対意見はひとつもない。そして、オンエア後にはきっちり、ネット上で「事件が凶悪化し警察官自身が身を守らねばならない中で、(津田は)見当違いの批判はやめるべき」などの批判を受けた。

世論が警察官の拳銃の使用を支持するのは、社会の大多数の善良な市民にとっての有益な活動と結びついているからだろう。警察官の職務は市民の安全と財産を守り、犯罪を予防することだ。そして拳銃は、その職務を遂行するための武器。職務上で使われるとすれば、相手は犯罪者かそれに類する無頼の輩であって、善良な市民に銃口が向けられることはない。そんな前提があるから、警察官の拳銃使用にエールを送る。

滝野川署の巡査長を激励した市民は、拳銃を抜いた相手を「手のつけられない不良」と決めつけていたのかもしれない。しかし、少年がやったことといえば、迷惑行為と警察官をナメた行為だけ。犯罪をおかしたわけでもなく、暴力をふるおうとしたわけでもなかった。一方、拳銃を抜いて銃口を向けるのは、人命を危険にさらすおそれのある行為だ。明らかに、いきすぎた暴力。それを良識あるはずの市民が、英雄行為のごとく讃えるべきではないのだ。

マスメディアも世論の風向きを意識してか、警察官の職務上の拳銃使用に批判的な論調は、ほとんどみられない。それどころか、積極的な肯定論さえ見受けられる。

<産経新聞>は1月26日付で、「警官発砲に殺人罪 治安守る大切さ考慮せよ」と題する社説を書いた。

【主張】警官発砲に殺人罪 治安守る大切さ考慮せよ - MSN産経ニュース

これは、奈良県大和郡山市で'03年に起きた警察官の発砲死傷事件について、栃木の事件と同様の経緯をたどって付審判が争われている事件で、訴因に殺人罪が追加されたことを受けての「主張」だ。

この事件については、魚住昭氏のウェブマガジン<魚の目>に寄稿された亀井洋志氏(フリージャーナリスト)の記事に詳しく書かれているので、そちらを参照してもらいたい。

悪いヤツなら殺していいのか? 裁判員による付審判裁判が始まる奈良警官発砲事件 〔魚の目〕

<産経新聞>の社説は、事件の概要を「事件は平成15年、奈良県大和郡山市で起きた。男性2人が車上狙いを犯したあと警察車両に追跡され、時速100キロを超える猛スピードで信号無視や蛇行運転、一般車両との衝突を繰り返した。警察官が計8発を発射し、うち2発が助手席の男性の頭部と首に当たり、男性は亡くなった」と説明したうえで、「市民が巻き添えとなる交通事故なども起きかねない状況だった。事件の鎮圧を優先させねばならなかった事情も汲(く)むべきだろう」としている。

しかし、亀井氏の記事によれば発砲があった時点で、すでに逃走車両は警察車両に挟みうちにされ、「袋のネズミ」状態で逃げ場を失っていたようだ。さらに遺族側弁護団が、同事件で奈良県などに損害賠償を求めて提起した民事訴訟の控訴審で大阪高裁に証拠提出した鑑定書は、発砲時のクルマの走行速度は時速10キロ程度であり、最初の発砲でガラスが割れていた運転席側の窓から、助手席の男性に致命傷を与えた発砲の前に運転者を取り押さえることも可能だったことを示しているという。

ところが発砲した3人の警察官は、計8発の銃弾を1メートルほどの至近距離からクルマに撃ち込んだ。そして、死亡したのは助手席の男性。その命を奪った銃弾は、助手席側の窓から撃ち込まれていた。

<産経新聞>の社説が書いているように、「警察官が拳銃を使用したのは必要なことだった」のかもしれない。また、'01年に警察官の拳銃使用の基準が緩和され、「車両が停止せず、周囲の人や物に衝突しながら逃走しようとした」場合は、予告なく撃ってもよくなっている。しかし、使用が必要なのは運転席側の窓を割るために使うのがせいぜい。クルマをハチの巣にして死者を出すのは、それこそ治安を脅かす行為ではないのか。跳弾や流れ弾で、無関係の市民を巻き添えにする危険性もあり、それは停止しかかっていた低速の逃走車両よりも、よほど危ない。

こういう事件が起きても、警察の行き過ぎを批判する声はほとんどなく、むしろ警察官の拳銃使用を委縮させるな、という意見が目立つ。それは、アメリカのドラマや映画の影響なのだろうか。実際、栃木の事件でも、この事件でも「アメリカなら射殺して当たり前だ」といったような声が聞かれる。

それは、やはりフィクションのイメージが先行しているようだ。

アメリカでも警察官の拳銃の使用には厳しい規則があり、日本の警察官が発砲したような事案ならば、テーザー・ガン(電極を発射するスタンガンの一種)やペッパー弾(圧縮ガスなどで発射する催涙物質の入った球状の弾)などの非致命的武器で対処することも多い。しかも、それらの武器も距離や当たりどころによっては相手を死亡させることがあり、警察の武力行使の加害性が問題とされることも少なくないのだ。

警察官が、丸腰の相手に拳銃を使えば、それこそ警察は厳しい追及を受けることになる。

'06年11月25日、ニューヨーク市クイーンズ区で、奈良の警察官発砲事件と似たような事件があった。<ショーン・ベル事件である>

Sean_bell_family_photo その日の早朝、ショーン・ベル氏(23歳)は友人とストリップクラブ「カルア」で、バチェラー・パーティーに興じていた。バチェラー・パーティーとは欧米で慣例化しているもので、結婚を控えた男性が独身最後の日に親しい同性の友人たちと集まり、バカ騒ぎをする。ベル氏はパーティの主役だった。婚約者の女性と結婚式を挙げるまで、あと数時間。パーティをお開きにして友人とクラブを出た。そこで呼び止められた5人の私服警察官に、ベル氏は撃たれた。

5人の刑事が発射した銃弾は計50発。その集中砲火を受けてベル氏は死亡し、一緒にいた2人の友人が重傷を負っている。

発砲した5人は、「カルア」で麻薬事犯の潜入捜査をしていた警官だった。この事件について、NYPD(ニューヨーク市警)側は「(ベル氏らが)銃などの武器を所持し、反撃や逃走のおそれがあった」として、警官の発砲の正当性を主張した。しかし、ベル氏らは麻薬も銃も所持していなかった。

武器を持たない無実の青年が、結婚式の直前に警官から50発もの銃弾を浴びせられて死亡した。それだけでも衝撃的な事件だが、さらに撃たれたベル氏らが黒人だったことから、<ショーン・ベル事件>は根深い人種問題をかかえるアメリカで大きな社会問題となった。

ベル氏らに発砲した5人の刑事のうち、撃った弾数の多かった3人が罪に問われて起訴されている。全米が注目したこの裁判は、31発を撃った刑事と11発の刑事が第2級故殺罪(故殺=明確な殺意のない殺人)で最高25年の禁固、4発を撃った刑事は「無謀な危険行為」の罪で禁固1年をそれぞれ求刑され、3人は全員が「ベル氏がクルマを急発進させ、轢かれそうになったので発砲した」として無罪を主張。 そして、事件から1年5ヵ月を経た'08年4月25日、クイーンズ区のニューヨーク地方裁判所で3人の刑事に言い渡された判決は<無罪>だった。

判決後、無罪判決に抗議する大規模なデモが各地で起こり、200人以上が逮捕されるなどの騒ぎも起きている。

<ショーン・ベル事件>の裁判では、刑事は無罪となったが、アメリカは人権問題と人種問題にシビアな国だ。日本のように、市民が警察を守ろうとはしてくれない。

日本では、警察官が銃で武装した相手と出くわす確率はきわめて低いのだから、アメリカをマネて拳銃を撃たせる必要もないだろう。拳銃の使用に反対する世論もなく、警察官の不祥事が捜査の「密室性」に庇護されがちな国では、いずれ市民にとってのデメリットを招くだけだ。

奈良県警の警察官発砲死傷事件の付審判に関連して、2月7日付で<産経新聞>が、こんな記事を書いている。

付審判めぐり奈良県警に激励相次ぐ 逃走車両への警官発砲 - MSN産経ニュース

奈良地裁が1月、特別公務員暴行陵虐致死と同致傷の罪で付審判決定している奈良県警の警察官2人に対し、殺人罪でも審理することを決定して以降、警察官を励ます電話やメールなどが全国から県警に相次いでいる。なかには「あれは職務だ。裁判で証言してもいい」と事件当時の目撃者からの電話も。激励の声に、ある県警幹部は「これから仕事をする上で非常に励みになる」と話している。

今回の付審判は殺人罪を訴因に加えた初のケースで、裁判員裁判で審理されるため、職務中の警察官の発砲を市民が初めて判断することになる。

県警によると、殺人罪にも問われることが報道された1月24日以降、電話やメール、ファクスなどで約50件の意見が県警に寄せられた。ほとんどが「殺人罪が適用されるのはどうか」「職務にひるまないでほしい」と警察官を激励する内容で、なかには当時、現場で事件を目撃した人から「あの発砲は警察官の正当な職務だった」として、裁判で証言にも応じたいとする電話もあったという。

市民からの激励は、1月26日の同紙の“提灯記事”の反響によるところが大きかったのだろう。

大勢に従う傾向の強い日本人の性質に鑑みれば、裁判員裁判では、世論を味方につけることが最強の武器となる。そして「大本営発表」の威力は大きい。

世の批判や、裁判所の前で街宣する団体などを恐れて、裁判員が委縮しないことを願うほかなさそうだ。

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コメント

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投稿: free mp3 | 2011/02/16 01:43

Mr.free mp3,
Thank you very much.

投稿: Tetsuya Tsuda | 2011/02/16 02:43

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