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2011/07/27

ボトックス「医療過誤訴訟」を検証する② 「添付文書」記載事項とインフォームド・コンセント(説明と同意の義務)に違反した場合の医療者の責任

シワ取りなどの手軽な「プチ整形」として近年、美容外科の分野でも急速に普及したA型ボツリヌス菌毒素製剤の<ボトックス>注射。その安全性の高さを宣伝する医院も少なくないが、毒性を弱めて調整された製剤とはいえ、ボツリヌス菌毒素(ボツリヌストキシン)は猛毒の神経毒だ。この毒素の中毒症状は、めまいや頭痛のほか、視力低下、かすみ目、複視(二重視)などの眼症状。発語障害や嚥下(飲み込む行為)障害などの自律神経症状や、四肢の麻痺などが挙げられ、致死性も高い。

それだけに<ボトックス>は厳重な承認条件のもとに、所定の講習を受けた<資格医師>のみしか使用してはならず、さらに製薬メーカーの<添付文書>に従った正しい治療と処置が行われる必要がある。

岐阜県に住むA子さんは、'08年にメージュ症候群(眼瞼痙攣)の治療でされた<ボトックス>注射で後遺症が生じたとして、医療法人社団黎明会『高橋眼科医院』(岐阜市早田栄町)を相手に200万円の損害賠償などを求める控訴審を名古屋高裁で争っている。

高橋眼科医院で、A子さんが<ボトックス>注射を受けたのは計3回。このうち'08年6月13日と同年10月3日の2回で、眼輪筋への注射時に漏れた薬液が眼に入ったが、医師が適切な処置をしなかったことから<後遺症>が生じた、というのがA子さん側の主張だ。眼に<ボトックス>が入る“事故”の存在の有無については、いまも控訴審で争われている。しかし、医院側が<添付文書>の記載に従う義務を怠っていた事実は、すでに1審で明らかになっているのだ。

<添付文書>には、「重要な基本的注意」の(2)の項に<本剤の投与に際しては、患者又はそれに代わる適切な者に、次の事項について文書を用いてよく説明し、文書による同意を得た後、使用する>と明記されている。文中の「次の事項」とは、投与(注射)後に体調の異変が生じた場合の注意などについて書かれているが、この「重要な基本的注意」を医院側は守らなかった。<ボトックス>を注射するにあたって、A子さんに何の説明もせず、<同意書>もとっていないのだ。

「重要な基本的注意」に違反したことについて、医院側の主張は「『メージュ症候群で3年前から東京の清澤眼科医院で治療を受けており、『ボトックス』についてはよく知っているから、説明はいらない』と(A子さんが)述べ、ボトックスを注射する位置まで指定した」という、あきれたものだった。A子さんは「事実と違う」と反論しているが、仮に医院側の主張が事実だったとすれば、それはそれで問題だろう。

他医院からの紹介状も提示しない患者が自己申告した病名を鵜呑みにして、その指示に医師が無批判に従って治療にあたれば、医療事故が山ほど起きるに違いない。

ところが1審の岐阜地裁判決で内田計一裁判官は、この部分について医院側の主張をまるごと採用し、<注射の前にボトックス治療について説明しなかったとしても、説明義務違反があったとは認められない>と判示したのだ。

医療理念と、<薬事法>第52条で定められた公的文書である「医療用医薬品添付文書」の法的根拠を、まるで無視してしまっている。

しかし、<添付文書>の重要性を認定した最高裁判例(最高裁判所:平成8年1月23日判決)がある。

<医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、授与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師らに対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって当該文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである>

〔参考資料〕医師は医薬品の添付文書(能書)に記載された使用上の注意事項に従わなければならない

ときには重大な<副作用>をもたらすこともあるボツリヌス菌毒素製剤を体内に注入するにあたって、リスク説明と<同意書>の作成を省略した理由が、「患者が説明をいらないと言ったから」では通用しない。これは、医療者の義務であるインフォームド・コンセント(医師から十分な説明を受けたうえで、患者が正しく理解して同意すること)にかかわる問題だ。

'97年4月に施行された改正<医療法>第1条の4第2項にも、<医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない>と定められている。

それにもかかわらず、医院側みずから事実があったことを認めた「インフォームド・コンセント違反」を「説明義務違反にあたらない」とした内田裁判官の認定をみると、判決そのものの誤審を疑いたくもなる。岐阜地裁の1審判決は、A子さん側の敗訴だった。<ボトックス>注射によって点状表層角膜炎(び慢性表層角膜炎)を発症したことを認めながら、内田裁判官は薬剤の<副作用>とした医院側の主張を採用。「(医師の)過失によるものとは認められない」として、A子さんの請求を棄却していた。

この裁判の控訴審では、A子さんに生じた疾患が<副作用>か、あるいは医師の医療ミスによる<後遺症>か、という点が最大の争点となっていることは6月8日の記事でも伝えている。

【関連記事】ボトックス「医療過誤訴訟」を検証する① 製剤の副作用か医療ミスによる後遺症か「製薬メーカー回答書」を控訴審で証拠提出 2011/06/08

<ボトックス>の薬液が眼に入ったか否かという、根本の事実が重要であることはいうまでもないが、その判定だけで解決がつくほど単純な裁判ではない。医院側の「過失」を疑われる要因は、ほかにもある。

2度の"事故"の際、いずれもA子さんはその場で、治療にあたっていた副院長に「目に薬が入りました」と訴えていた。

1度目のとき、副院長は眼の洗浄はおろか、なんの処置も検査もせずにA子さんを帰らせている。その数日後に、顕微鏡検査を行って重症の角膜炎と診断し、ヒアレイン点眼液(眼の傷の治療に用いられる目薬)1本を処方しただけだった。ボトックス菌毒素の有害反応を想定した精密検査や、感染症対策はまったく行っていない。

そして2度目の“事故”では、A子さんが眼に薬液が入ったことを告げると、副院長は不機嫌になり、検査や処置はいっさいしなかった。その6日後の'08年10月9日、診察を受けに高橋眼科医院を訪ねたA子さんが「薬が入ったので、目が痛くて本も読めません」と伝えたとたん、副院長は激昂する。

「目に入れたおぼえはない! そんなことをいうのなら、ほかの病院へ行けばいいだろ!!」と怒鳴り、追い返すようにA子さんを診察室から出しのだという。

態度の悪さもさることながら、<ボトックス>注射を受けた直後から眼の異常を訴えていた患者に対し、適切な処置をしなかったことはさらに大きな問題だろう。

<添付文書>には、眼輪筋へ<ボトックス>を投与する場合の注意事項として、<経過観察を十分に行い、眼科的異常があらわれた場合には、直ちに精密検査を受けさせること>と書かれている。

たとえ<ボトックス>注射直後の角膜炎が<副作用>だったとしても、その症状が悪化して<後遺症>になったのだとしたら、適切な処置を怠った医療者の過失にあたるのではないだろうか。

<ボトックス>との関連性が疑われる死亡例が報告されているアメリカでは、政府がブラックボックス・ラベル(重大な副作用の可能性がある薬)に指定しており、医療事故が訴訟に発展したケースも少なくない。

今年4月には、<ボトックス>製造元の「アラガン社」(カリフォルニア州)に対し、バージニア州の連邦地裁陪審が2億1200万ドルの賠償金の支払いを命じる評決が下している。全米の「ボトックス訴訟」としては過去最高の賠償額となったこの訴訟は、24時間の介護が必要な重度の障害者となった男性が提起していたものだ。原告の男性は'07年、手の震えの治療で医師から<ボトックス>を注射された直後に発熱や発疹などの症状があらわれ、脳障害を起こしたという。

〔参考記事〕 Cosmetic Medicine / Plastic Surgery News How to Choose a Plastic Surgeon Video Library Blockbuster Allergan Botox Settlement; $212 Million To California Man

この訴訟では「承認された適応症外の使用のリスクについて、十分な警告を医師に与えていなかった」という理由で、製薬メーカーが訴えられていた。

医薬品は、適切な使用によっても<副作用>が発現しうるものだ。しかし、警告義務の要件を満たした<添付文書>に記載された内容を遵守せず、不適切な使用をしたことによって起きた場合の<後遺症>については、医療者の責任が問われることになる。

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コメント

1審の『同意もとらないことを認め、説明しなくても説明義務違反ではない』とした判決は、相当無理があると思います。
インフォームドコンセントとは、『患者が医師の説明に十分納得し、治療に同意をすること』であり、説明されていなければ、同意をすることもできないため、治療してはいけません。他の病院で治療を受けたことは、『説明もしない、同意もとらなくてもよい』理由には決してならないと思います。

投稿: あおい | 2011/08/08 07:45

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