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2014/01/02

「DV被害者」を苦しめる「DVでっち上げ」という虚誕の二次被害 ②

2階の窓からK氏が家具などを投げ捨て、警察官が駆けつける騒ぎがあってから3ヵ月が経った'10年7月15日の朝、また"事件"が起きた。
K氏が、N子さんの顔面を殴打したというのだ。
そのときの状況について、N子さんは言う。
「それまでにもKは、夜中に出かけることが多かったのですが、その日、自宅に帰ってきたのは朝の7時頃でした。私は、そのときパソコンを使っていたのですが、もめるのも嫌なので、素知らぬふりをしていたんです。そうするとKは、無視されたと思って腹を立てたのか、パソコンのコンセントを引き抜こうとしました。それを止めようとしたら、もみ合いになって、いきなり平手で3回、顔を殴られたんです」
N子さんは、この暴力をきっかけに家を出る決意をしたのだという。
K氏が仕事に出かけたあと、学校から戻ってきた2人の子どもを連れ、わずかな荷物だけを持って逃げるように家を出た。母子3人が向かったのは、自宅とおなじ茨城県日立市内にある母親の家だった。
母親の家で子どもたちと一夜を明かしたN子さんは翌日、K氏が仕事で出かけている日中に、荷物を取りにひとりで自宅へ戻ってみた。すると、家の鍵が付け替えられてられており、なかに入ることができなかったという。
その後、しばらくのあいだN子さんは、子どもたちと母親の家で暮らし、8月11日に青森県八戸市にある父親の家に移った。しかし、N子さん母子が家を出るにいたった事情をよく知らなかった父親は、K氏と電話ではなしをして、子どもたちの学校の2学期が始まる前に帰らせる約束をしてしまう。
K氏が、車で八戸市に迎えにやって来たのは8月29日。K氏が運転する車にN子さんの父親も同乗し、日立市の自宅に母子が着いたのは、日付も変わった午前2時頃だった。が、ひさしぶりに家に帰ったN子さんは愕然とする。
子どもたちのベッドや勉強机などが、子ども部屋から搬出され、1階の駐車場に廃品のごとく積み上げられていたのだ。さらにN子さんの持ち物は、ほとんど処分されてしまっていたという。
自宅に帰ってみたものの、子どもたちの寝る場所すらない。N子さんはK氏と口論になり、その日の朝、再びN子さんは子どもたちを連れて家を出た。
いったんは日立市の母親の家に住み、そこから子どもたちは学校に通ったが、その生活は長くはつづかなかった。
当時小学3年生だった次男の通う小学校に、K氏が電話をかけるなどしたことから、N子さんと子どもたちは9月11日に日立市から遠く離れた八戸市の父親の家に転居する。子どもたちは、地元の学校に転入した。
それ以来、現在にいたるまでK氏とN子さん母子は別居をつづけている。
子どもたちの生活費については、K氏は'10年10月に24万円をN子さんに渡したが、それは1回きりで、その後は1円も支払っていない。N子さん母子はそれ以降、N子さんの父親などからの援助に頼って3年あまりのあいだ生活してきた。

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家族に暴力をふるった事実があっても、「子を叩いたのはしつけ」で「妻を殴ったのは、たんなる夫婦ゲンカだ」などといった詭弁を弄し、DVを否定する加害者は少なくない。確かにDVなのかDVではないのか、その境目を判断する基準は曖昧だ。個人の主観によって、その解釈も大きく違ってくる。
K氏の場合は、あくまで「DVではない」という主張だ。'13年の末にN子さんらを相手に提起した民事訴訟の訴状には、「身に覚えのないDV加害者との汚名を着せられた」と記している。また、年の明けた'14年1月2日の未明に<NEWS RAGTAG>管理者の津田哲也宛てに送ったメールには「野中弁護士(註:N子さん側代理人)の言い分でいい加減な記事を書くな」「不登校の子供を叱る親をでっち上げで仕込んだ事実の確認したのかを問う」(いずれも註釈以外は原文ママ)などと、K氏は乱暴な文調で書き殴っていた。


だが、そんなK氏の主張も、同メールの中で「N子(註:原文では実名)からの言い分を聞かねばならぬ何かがあるのか?」とも述べており、被害者側の言い分を頭から否定する一方的なものでしかない。
別居後の'10年12月2日にN子さんが行なった<配偶者暴力に関する保護命令>の申し立てを青森地裁八戸支部が認め、K氏が接近禁止などの保護命令を受けていたことは巌然

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たる事実として存在する。
この保護命令の申立書に、N子さんは'98年9月25日にK氏に革靴で顔面を殴られた事案から、'10年7月15日の家出をする
原因となった暴力にいたるまでの新旧計4件の事例を記載している。


だが、保護命令をN子さんが申し立てるにいたった直接の動機は、別居後の出来事をきっかけとした警察官の進言だった。
子どもたちが青森の学校に転校し、ようやく慣れはじめた頃の'10年11月11日、K氏は次男の通う小学校に乗り込んだことがあった。

「子どもに会わせろ」とK氏は要求したが、学校側はこれを拒否。押し問答は午前9時半頃から始まり、K氏は午後7時頃まで学校に居座った。その騒ぎを聞きつけて、小学校に駆けつけた長男の通う中学校の校長に対して、K氏は暴言を吐くなどしたという。

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この一件で恐怖を感じたN子さんは、翌日に青森警察署へ相談に出向いた。そこで相談に応じた警察官から、<配偶者暴力に関する保護命令>の申し立てをすることをすすめられたのだった。

青森地裁八戸支部が発令した保護命令を不服としたK氏は、即時抗告をしたが、これを仙台高裁は'11年2月28日に棄却。さらにK氏は特別抗告をしたが、これも同年6月10日に棄却されている。
その後も、K氏は「暴力の事実がないのに保護命令の決定を出させた」などと主張しつづけた。しかし、子の監護権などをN子さんと争った家事審判でも、「暴力をふるった事実が認められるから失当」と認定されているのだ。
家族に対してふるった暴力が「DVではない」とするK氏の主張は、すでに司法によって否定されている。それにもかかわらず、「身に覚えのないDV加害者との汚名を着せられた」として、N子さんや接骨医らに対して840万円もの高額な慰謝料を請求する訴訟を提起した。


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じつはK氏はこの訴訟のほかにも、N子さんやその代理人の弁護士らに対して、嫌がらせとしか思えない数多くの行為を執拗かつ壮絶につづけているのだ。
つづく

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